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「母との思い出を受け継ぐための家の再生」
4年前に1期工事、そして今回2期工事が完了しました。 その間には色々な事があったようです。
BEFORE

この上下の写真は、子供のころお母さんが事務をされていた場所です。


↑この廊下は北風の入る昼寝の場所だったようです。

工事中にサポートをし、壁補強、柱補強しながら新しい間取りへ改造中!
→ AFTER






母の思い出を、住み継ぐ家に。
今回の仕事には、私自身、特別な思いがあります。
お施主様は長く国家公務員として仕事をされていました。
仕事を中心に生きてこられた中で、地元に帰り、90歳になるお母様と一緒に暮らす機会が訪れました。
それが、たまたま訪れた機会だったのか、ご本人が望まれて選ばれた道だったのか、私には分かりません。
ただ、家の工事を進める中で、私は一つの強い思いを感じるようになりました。
それは、
「自分がこれから住む家をつくる」という思いだけではない。
ということです。
長い間、仕事をしてこられた。
その間に、お母様とのたくさんの思い出が、この家の中に積み重なっていたのだと思います。
その思い出を大切に、大切に胸の中に抱えながら、お母様に最後の時間を過ごしてもらいたい。
そしていつか、お母様が旅立たれる時にも、その思い出を心の中に残したまま、この家を自分が住み継いでいく。
そんな思いが、この家にはあったのではないかと思います。
だから、この家は単なる「古い家」ではありません。
柱にも、梁にも、部屋にも、建具にも、
そこに暮らしてきた家族の時間が刻まれています。
工事を進める中で、私はできるだけ、そうした時間を消さないようにしたいと思いました。
古いものをすべて新しくするのではなく、残せるものは残す。
そして必要なところには手を入れ、これからの暮らしに必要な性能を加えていく。
そんな再生を目指しました。
ところが、この家にはもう一つ、私の心に強く残った出来事がありました。
お母様が亡くなられて間もなく、今度はお兄様も亡くなられました。
お引渡しの時、家の中に残っている柱の落書きを見て、お施主様がぽつりと、
「兄が書いた落書きなんです」
と話してくださいました。
その声が、今でも忘れられません。
大きな声ではありませんでした。
心の奥から出てくるような、静かで、低い声でした。
私はその言葉を聞いた時、
この柱には、家族が過ごしてきた時間そのものが残っているのだと思いました。
子どもの頃に書いた小さな落書き。
当時は何気ないものだったのかもしれません。
けれど何十年も経った今、その落書きは、もう消してはいけないものになっていました。
お母様との思い出。
そして、お兄様との思い出。
この家には、建物だけではなく、
そこに暮らした家族の記憶が残っていたのです。
そう考えると、
お施主様が住み継いでいるのは、この家だけではないのかもしれません。
お母様との時間を。
お兄様との時間を。
そして、ご家族がこの家で過ごしてきた長い年月を。
そのすべてを抱えながら、この家を次の時間へつないでいこうとしている。
私はそう感じました。
だから、柱に残されたお兄様の落書きも、
この家の一部として残っていく。
これからお施主様がこの家で暮らしていく時、
ふとその落書きが目に入れば、きっとそこにはお兄様の姿も思い出されるのだと思います。
お兄様もまた、この家と一緒に住み継がれていく。
そんな気がしました。
古い家を、新しくする。
それだけなら、建物の工事です。
でも、
思い出を残し、家族の時間を受け継ぎ、
これからの暮らしへつなげる。
そこまでできて初めて、私は「住み継ぐ」という言葉になるのだと思います。
今回、私たちが工事したのは、家の外側だけではありません。
この家に残されていた、
家族の時間を消さないようにしながら、
これから先の時間を重ねられる場所をつくったのだと思っています。
建物は、完成したときが終わりではありません。
そこからまた、新しい暮らしが始まります。
そして何十年か先、
この家を見た誰かが、
「ここには、こんな家族の時間があったんだ」
と思ってくれたなら、
それこそが本当の意味での「住み継ぐ」ことなのかもしれません。
お母様の思い出も、
お兄様の落書きも、
この家とともに、これからも残っていく。
そして、お施主様はその思い出を胸に、
この家で新しい時間を重ねていかれる。
私は、この家の工事に携わることができたことを、
社長として、とてもありがたく思っています。
壊すのではなく、住み継ぐ。
それは、建物を残すことだけではない。
そこに生きた人の記憶を、
次の時間へつないでいくことなのだと思います。
「大正7年の古新聞! 築104年が判明」、(2022年のブログ)の工事が終了となりました。
